子宮内膜症

体 験 談

Keikoさんの場合 (開腹手術)
 私は37歳、会社員、独身です。

 私が最初にお腹の激痛に襲われたのは14年前、1988年の秋でした。
でも、毎月痛くなるわけでもなく鎮痛剤を飲めば治っていたので慢性盲腸かな?くらいにしか思っ ていませんでした。

 1990年5月、いつもより腹痛がひどいので家の近くの外科へ行きました。
「盲腸だね、手術しよう。」と言われ即、入院しました。
 母が生理痛がひどくて「盲腸切ったら治った」って聞いてたから私も切ったら生理痛なくなるんだって思ってました。
 手術は局部麻酔でした。
 手術中に「卵巣が少し腫れてるからまたお腹痛くなるかも?」と言われました。
 その時に「総合病院に行っときゃよかった・・・」と後悔。

 そして、1990年7月28日、今までにない激痛に襲われ産婦人科に行くと右の卵巣が茎捻転をおこしていました。
 即、手術、卵巣摘出でした。
 その後は生理痛もなくなり快適な日々が続いてました。

 しかし、1998年頃から生理痛がひどくなりはじめました。

 2000年7月11日、生理も来ていないのに朝からお腹が痛い、
 なんで~~?と思ったけど職場へ・・・けど応接室で横になる始末・・・。
 病院行かなきゃと思い痛いお腹をさすりながら運転して一旦自宅に帰った。
 家に帰った途端、吐き気をもよおしてトイレに駆け込み痛みと両方で苦しがってたら連絡しておいた母が到着。
 一番家から近い産婦人科に連れて行ってもらいました。
 その頃は椅子に座ることもできなくて横になって診察を待っていました。

 やっと診察・・・「卵巣腫れてるし腹水もたまってるよ」と言われ、とりあえず分娩室の横の部屋で点滴してもらうことになった。
 でも、全然痛みが引かない。
「入院しないといけないけどうちは今満床だからどこか他の病院知ってる?」と言われ勤務先近くの産婦人科(1回行ったことがある)に母から連絡をとってもらう。
 でも、その病院の先生、「本人を電話に出して」と母に言った。
 私はベッドの上でもがき苦しんでるのに電話になんか出れる訳ない。
 それを聞いてた先生が「そんな病院なら行かない方がいい、腹水は別の原因も考えられるから外科に行ってみて、近くの町立病院、もうすぐ昼からの外来始まるから」と言われて町立病院へ行った。

 色々な検査をして「やっぱり婦人科の方だね」と言われ高松市内の総合病院へ救急車で搬送された。
 点滴はずっとしたまま・・・でも痛みは全くひかなかった。
 歩くことなんてできなくて車椅子利用したけど足が上がらない、診察台に上がるのもやっとという状態でした。

 診察結果は・・・急性腹症、卵巣腫瘍疑 というものでした。
 左の卵巣は9×8cmまで肥大してました。
 いつ手術になるかもしれないということで絶飲、絶食になりました。
 (結局5日間続いた)点滴は持続で針入れっぱなし・・・もともと針が入りにくいので抜くと大変。
 看護婦さんも先生も苦労してた。
 どこから入れようか状態になって結局1週間で点滴も終わりました。
 あと、貧血がひどくて造血剤投与。
 これも1週間ほどでした。
 後は飲み薬だけで様子をみることになりました。
 先生は早く手術した方が・・・って思ってたみたいだけど私は拒否し続けました。
 独身で結婚の予定もないけれどこれ取ったらどうなるの?っていう気持ちが強くて・・・卵巣自体いいところが残ってないと言われてたので手術するなら全部取られちゃう・・・それは絶対イヤだった。

 でも、血液検査の結果が良くならず、44日間入院、職場に至っては丸2ヶ月お休みしてしまいました。
 手術したら2週間で退院できるのに、ベッドの回転が速い産婦人科でよく40日以上も入院させてくれたものです。

 退院1ヶ月後から点鼻薬での治療を半年間続けました。
 点鼻薬治療後、「今が妊娠のチャンスなんだけど・・・」って先生に言われました。
 わかっているけれど相手がいないんじゃどうしようもない・・・。

 薬を止めて3ヶ月、2001年8月25日、友達と会う約束をしていたので出かける準備をしていたら急に激痛、みるみる動けなくなりました。
 (お昼1時頃)また、痛みと吐き気。母に連絡しようとしたら何回TELしても留守。
 まじで痛い・痛い・痛い・自分で救急車呼ぼうとしたけど、この散らかった部屋、この格好、超恥ずかしい。
 私が運ばれたら家の鍵はどうなるの?
 そんなこと考えたら呼べなくなった。
 どんな体勢でいたら痛みが少しでも和らぐか・・・部屋中ゴロゴロしてました。
 痛みと戦うこと2時間半、やっと母と連絡が着き、家まできてもらって救急車を呼んでもらいました。
 診察結果は卵巣出血、骨盤腹膜炎でした。
 入院して抗生剤投与で治療しました。(11日間)
 この入院から担当の先生が変わりました。

 2001年11月、卵巣の状態が変わらないので嚢腫の切除を勧められました。
「この分だとまたひどい痛みが近いうちに来ると思う」、「全摘ではなく悪い個所だけ取るのが大前提」だと言われました。
 何回もの入院でこれ以上職場にも迷惑はかけられないと思っていたので同意しました。

 2001年11月20日手術。
 私の場合は開腹手術でした。麻酔は全身麻酔と硬膜外麻酔でした。
 麻酔をする時も思っていたより痛くなかったです。
 病室に帰った頃から記憶あります。
 時間にして2時間強、癒着もありました。
 手術しながら腫瘍が悪性か良性か検査して万が一悪性だったら子宮も摘出しますと言われていましたが幸いでした。
 「予定通りの手術で終わったからね」と先生から言われたときは嬉しかったですね。
 術後は麻酔が覚めたら体を動かしてねと言われていたので足を中心に動かしました。(これは何の手術をしても言われる、癒着防止)

 手術して3日目、予定通り生理もきました。
 13日間の入院でした。2002年2月、リュープリン注射開始。
「どこにしますか?お腹に打つ人もいますよ。」と言われたが怖かったので腕にしてもらう。
 点鼻薬と副作用は同じです。
 のぼせと肩こり、夏場は汗、大変です。

 2002年7月 リュープリン注射終了。
 早ければ今月終わりくらいに生理が復活しそう。
 今度の診察は9月10日です。



最後に私の経験から・・・

・早期発見、早期治療。
 特に、若い方は産婦人科に行くことに抵抗があると思いますが、自分の為、勇気を持って。

・病院は待ち時間長いけれど総合病院の方がいいかも?
 他に悪いところがあってもフォローができる。

・それかすぐに大きな病院を紹介してくれるところ。
2002年掲載

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