子宮内膜症

体 験 談

ひめダルマさんの場合 (手術後出産)
 私は31歳、主婦です。

 私が病気だと気付くのには、すご~く時間がかかった。
 生理痛なんて誰にでもあるし、出血の量だって多い人はたくさんいる!
 でも、それは大きな間違いだった。
 そして何よりも、当時そんな病気があることすら知らずに過ごしていたから…。

 多分あれは、社会人になりたての頃だったと思う。
 そして激痛!!
 初めの頃は、市販の鎮痛剤で治まっていた。
 そんなことが2~3年くらい続いた。

 1995年10月1日、めでたく結婚!(その頃には性交痛もあった)
 翌年の春頃、会社の後輩から「子宮内膜症」という病気について初めて聞かされた。
『私より酷そうだから、一度病院へ行った方が良いですよ!』と言われた。
 この生理痛は病気だったのか?
 確かに、この頃には市販の薬では効き目ゼロだった。
 仕事が忙しかったり、多少の痛みには耐えられる体質のせいか、ずっと我慢していた。

 そしてタウンページで産婦人科を調べ、『取り敢えず、この痛みを止める薬を下さい』と、そんな感じで病院へ駆け込んだ。
 ところが、そんな甘い物ではなかった。
 診断の結果、やはり内膜症だった。
 その時は3センチくらいだった。
『本当は、切除してしまうのが一番望ましい』と言われた。
 妊娠を望むにしても出来にくいだろうし、うまく出来たとしても、途中破裂してしまう事もある、と。
 ショックだった。

 でも、当時手術しなくても治るという話を耳にしていた為、病院を変えてみた。
 不妊のことも含めて総合病院へ変えてみた。
 やはり、手術を勧められた。
 でも恐怖心からか、それだけはイヤだった。
 一応、子供が早く欲しい事を伝え、他の原因を調べてみることになった。

 基礎体温・性交後試験(性交後、子宮腔内に精子があるかどうかの検査)・卵管通気法(子宮口から炭酸ガスを入れ、卵管の通りを診る検査)
 全ての検査、異常なし!
 ただ、通気法は二度とやりたくない!
『ちょっと気分が悪くなるから、検査後は外の椅子で休んでいてね』と言われたのだが、そこへ辿り着く前、診察台の脇で倒れた。

 妊娠希望の私は、何の治療もせず経過観察で、毎月排卵日頃診察という形をとった。
 半年くらい通ったが妊娠の兆候はなく、手術の決意をした。

 1996年11月19日、入院、翌20日手術となった。
 入院した日は大部屋(術後は個室)で、同じ日に入院したオバサマが話しかけて来てくれ、同じ病気だったことで盛り上がり、すっかり不安を取り去ってくれた。

 20日午後2時30分、卵巣嚢種(チョコレート嚢種)5.3×4.0センチ摘出開腹手術が行われた。
 診察時には見られなかった嚢種が、もう片方に3センチくらいの物が発見された。
 約2時間で無事手術を終えた。
 本当に痛みに鈍い私は、麻酔の効き過ぎ?(いや、そんなことは…)で眠いの何の。
 術後、看護婦さんが心配して来てくれるが、受け答えするのが辛かった(全然平気ですから…)。
 でも、ちょ~ど当日、生理予定だった私。
 来ましたとも。
 腹の中いじくられても、来る物は来ますね(不思議!)
 そこでやっと、痛み止めを点滴に入れていただいた(二日後には、点滴引き連れトイレにも行けるほどでした)。
 後で聞いた話、オバサマ達は、3回くらい、入れて貰ったらしい。

 11月31日、無事退院!
 退院後の検診でも何ら問題なかったが、妊娠しなかった為、病院を変えてみた。
 病院を変えても『異常はないのだから大丈夫』と言われ、もう病院へ行くのはやめた。

 1997年12月下旬、生理が遅れた。
 一週間様子を見て、妊娠検査薬を使用。
 結果、陽性。
 やった~!
 妊娠してる。
 病院へ行こうと思ったのもつかの間、出血した。
 稽留流産(※)だった(わずか6週目)。
 確かに残念だったけど、私は妊娠出来ないと思ってたのに、例えわずかでも妊娠出来た事が嬉しかった。
 だって不妊症じゃなかったのだから…。

 1998年6月12日、再び妊娠。
 そして又も出血(あぁ~ダメか)。
 医師も『様子を見よう』と言う事になった。
 3日待ったが、出血が止まらず病院へ。
 今度はちゃんと、心臓が動いていた!
 確かに新しい命が、このお腹の中に…。
 そしてその後の妊娠ライフは、順調すぎるほど順調でした。

 1999年2月1日、0:33AM、無事、男児誕生!(予定より12日早く)
 何と分娩室に入り、わずか30分だった。



 私の場合、あまり自分のことは気にしないタイプなので、全て医者任せでした。
 自分と同じ病気で悩んでいる人がいるというのも心強かったし、ましてや自分より大変な人は沢山いる!
 今思えば、全て良いタイミングでここまで来たのだと思います。
 悩んでいる人は、あまり気にしないと言うのも一つの手段では…。

 余談ですが私の知人も同じく子宮内膜症で、一人は術後間もなく無事出産、もう一人は手術せず出産しました。
 不妊では?と思っている人は、こんな例もあるんだぞ、と少しでも励みになればと思います。
2002年掲載
2005年2月20日
第二子出産!
おめでとーっ!!!
8( ̄▽ ̄8)(8 ̄▽ ̄)8
※管理人より一言情報

「稽留(けいりゅう)流産」
流産の定義として、正常妊娠では妊娠8週までに胎児心拍が100%認められる、とされており、それ以降に胎児心拍が見られない時には流産と診断される。
これは月経が不順な場合、基礎体温表等で確認する必要がある。
また妊娠週数がはっきりしない時、胎嚢(赤ちゃんの入っている袋)が4センチ以上の場合、若しくは、はっきりと赤ちゃんが見えているにも関わらず胎児心拍が見えない等の状態を、流産とする。
稽留流産とは、このように赤ちゃんが死んでいるにも関わらず、子宮外に排出されず、子宮内に留まっている状態のこと。

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