それは、一本の電話から始まった。
〈 12月28日 深夜 〉
「は? じーさんの見舞い?」
俺は受話器を片手に首を傾げる。
『先方の……たってのお願いで……』
歯切れ悪く伝えてくるのは、俺の母、栄子。
一人暮らしをしている息子を心配して、こうしてたまに電話をかけてくるのだが、今日に限って何故か元気が無い。
いや、内容に問題有り、なんだが。
「……ちょっとお尋ねしますが、おふくろサマ」
年末帰省の確認かと思ったら。
はあー、と盛大にため息をついて、俺は問いかけた。
「20年以上も前に肺ガンでポックリ逝っちまったじーさんの見舞いを、何故、今更、しかも俺が行かにゃならんのですか?」
現在残っているのは、母方の祖母唯一人。80歳に手が届こうかという今も、矍鑠として一人田舎で畑を耕している。
『……藤森……なの……』
「え?」
『藤森家からなの……。連絡が来たのは』
「……ああ、そういうこと」
俺はようやく合点がいくと同時に、その背景を思い描いてげっそりとした。
「まだ生きてたんだ? そっちのじーさんは」
『そう……みたいね』
他人事のような母の台詞に、俺は思わず、「おいおい」と突っ込みたくなるのを堪える。
あれ? 待てよ。
「だったら尚更、俺なんかよりお袋を呼ぶ方がスジってもんじゃないのか?」
『でも、向こうはあなたを指名してるの。それに……もう、他人だし……』
「あのね、お袋。それを言ったら俺なんざ更に見ず知らずの赤の他人なんですがね」
『……しーちゃん』
あー、はいはい。わかりました。
30を間近に控えた男を捕まえて、「ちゃん」呼ばわりするときは、何があっても譲らないときだ。
母の頑固さは俺にも十分遺伝しているので、早々に諦める。
「で、いつ行けばいいの?」
『29日』
母のそっけない言葉に、俺は壁に掛けられたカレンダーを覗き込む。
「29日?」
『うん』
「……明日じゃねーか」
夜もどっぷり更けた現時刻で表現するのなら、あと二時間もしないうちに29日はやってくる。
「ちょっと、幾らなんでも急すぎないか?」
見舞い品はどこで何を買えばいいだろう、とか、服はさすがにジーパンはヤバかろう、などと頭の中でぐるぐる思案している間に、彼女は「知らない」と答えた。
『ついさっき、いきなり電話がきて、そう言ったんだもの。
あ、場所はFAXされてきたから、このまましーちゃんとこに送るわね。でね、優君が寄ってくれるらしいから、一緒に行くといいわよ。それから、着替えとかはあちらが用意して下さるそうだから、そのままで、だって。
じゃあ、そういうことで、よろしくね』
今までの元気の無さはどこへやら。
俺が承諾したとたん、ベラベラと用件を言い尽くすと、電話はあっさりと切れてしまった。
「……へ?」
惰性で受話器を下ろしたものの。
「着替えがどーの、って……泊りなのか?」
唖然としている俺の耳に、ぴーひゃらら、とFAXの受信音が届く。
「……やられた」
べーっ、と吐き出されてくる用紙を見ながら、俺は年末も差し迫った12月29日、突然の旅行をするハメになった我が身を、密かに嘆いたのだった。