お好み様

冥竜 I 小さな復讐者 ~ Little Revenger ~
序章/1. ◆ 2. ◆ 3. ◆ 4. ◆ 5.終章

序章

「た、助けてくれ……!」
 目の前の敵を倒す為に向けられた銃口は、恐れから来る震えで的が絞れない。
 銃口を向けられてる方はといえば、気にも留めず足を進める。
 男は震えながらもう一度「助けて」と口にした。

 だが。

「同じ言葉を発した相手に、アンタは何をした?」
 嘲るような声に、男の恐怖は深まる。
「依頼は同等、もしくはそれ以上」
 別方向から届く声に、男は足を縺れさせ、その場にひっくり返る。
「た、助け……っ」

 暗闇の中、2対の金色が輝いた。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

1.丑の刻参りはもう古い

 新年度。
 桜舞い散る4月。
「いやあ、ご苦労さん。いつもお前が掃除をしてくれるおかげで、うちのクラスは綺麗そのもの!」
 つい最近、結婚したばかりの若い教師は、俺を見ながらカラカラと笑った。
「おーよ。分かったらとっとと帰りやがれ。新妻が待ってんだろ」
 俺は、べーと舌を出して、箒を掃除用ロッカーの中に放り込んだ。
 あー、むかつくったら!
「そうさせてもらおう。っと、お迎えだぞ、祁斗院」
 教師の隣に、栗色の髪を肩までざっくりと伸ばした生徒が立つ。
「じゃ、気をつけて帰れよ」
 俺ともう一人に手を挙げ、教師は鼻歌を歌いながら去って行った。
 あんにゃろ。相当、浮かれてやがんな。そのうち邪魔しに行っちゃる。
「先に帰ってりゃいいのに」
 俺は入り口に佇む生徒に声をかける。するとその生徒は、耳障りのよいテノールで返してきた。
「委員会があったから。
 しかし、毎日毎日、懲りないな。もう、最高学年になったっていうのに落ち着きがないというか……。
 で? 今日は何をやらかしたんだ?」
「うっ」
 にやにやと笑う奴に、俺は渋々話す。
「体育のとき、野球でさ。勢い余って教室の窓、ガチャーン!」
 相手はやれやれと、為息をついた。

 俺の名前は、祁斗院 竜(きとういん とおる)。現在、17歳の高校3年生。
 もう1人は従兄弟で、樹瀬 龍(むらせ しげみ)。同年で、一緒に住んでる。
 というのも、俺の母親としげみの母親は姉妹だったんだけど、ある事故で二人としげみの父親が亡くなり、残った俺の父親に引き取られたからだ。
 母さん達が死んだのは俺達が3歳の頃だから、もうしげみとも15年近くの付き合いになる。
 尤も正確に言うならば、生まれる前からの付き合いになるんだけどね。母さん達姉妹、結婚しても同居してたから。すんごい田舎で屋敷も広くて、一つ屋根の下に2家族と母さん達の母親、つまり俺としげみの祖母も一緒に暮らしてた。
 今はもう、何もかも無くなってしまったけど。

「リクエストは?」
「中華!」
 学校からの帰り道、俺としげみは商店街で夕飯の買い物をしていた。
「海老餃子に、烏賊のカレー煮。あ、魚餃ラーメンもいいなっ」
「……お前、学校で何勉強してんの」
 しげみはうちの名シェフである。頭が切れて、学校では優等生なシゲミクンは、家に帰るとエプロンつけて、料理人と化す。
 これがまた、美味いったら、もー!
「おじさん、活きのいい海老、ある?」
「おや、しげみくん。ついさっき、入ったのがあるぞ」
 しげみは商店街ではちょっとした顔である。普通の17歳男子高校生なら、食材の買い物なんて言語道断なんだろうけど、うちの場合はそんなことは言ってられない。
 何せ家主であり保護者でもある俺の親父は全く当てに出来ない為、うちの家計全般をしげみが取り仕切っているのだ。
 まあ、実際、俺や親父がやってたのでは、今頃飢え死にしてるだろうけど。
「あ、とーるあんちゃん!」
 野球帽を被った10歳くらいの少年が、俺に気付いて走り寄ってきた。
「また野球か、たー坊」
「うん!」
 顔や服を泥だらけにしてうちのご近所さんである、たー坊こと卓也少年はにっこり笑った。
「手も真っ黒だな。口、開けな」
 あーん、と大きく開いた口の中に、しげみがいつの間にか手にしていたキャンディを放り投げる。
「ありがと、しげあんちゃん!」
「卓也も今帰りか? 一緒に帰ろか」
「うん! あのねえ、今日ねえ……」
 仲良く3人、帰途につく。
 ところが、帰り着いた家には、意外な奴が待っていた。



「意外とはしつれーな」
「意外に思われるような生活してるのが悪いんだろ!」
「家族に久しぶり、とか言われちゃねえ。まあ、何はともあれ2ヶ月ぶりにお帰りなさい、伯父さん」
「ただいま、しげみ」
「生きてたんか」
「養い親に向かって、そーゆーこと言っていいのかい、とーるぅ?」
「らりはらひゅんやっ」
 少し癖のある黒髪が、今は少々赤っぽくなっている。ついでに肌も真っ黒になっているのは、直射日光を浴びすぎたせいか。
 自称いい男の俺の父、雅(まさる)は、久方ぶりに再会した息子の頬を引っ張りながら、げらげらと笑った。
「いつ帰ったの? 予定じゃ明後日じゃなかった?」
「早くキリ上がったんだよ。3時間ほど前に着いた。はい、お土産」
 そう言って雅は、カラフルな包装紙に包まれた大小様々な箱や包みを俺達に渡す。
「……親父、これを俺達にどーしろ、と?」
 包み紙から出てきたのは、「こしひかり」と書かれたビニールの手提げ袋。ご丁寧にも、製造場所や米の保存方法まで書いてある。
「あ、それおもしれーだろ。本物の日本の米袋だってよ。それに取っ手を付けただけ。写真とか絵が綺麗なもんで、向こうじゃ大流行らしい」
 若い嬢ちゃん方が平気で持ち歩いてるのにはびっくらした、と笑いながら、一緒に包んであった、「あきたこまち」だの「きらり」だのを広げる。
「……どこに居たの……?」
 がっくりと肩を落としながら、しげみが聞く。よもやこんなもんを買う為に、2ヶ月も音沙汰なしだった訳ではあるまい。
 確か2週間前に届いた帰国の連絡葉書に押印されていたのは、イギリスの消印。
「お、心配してくれたのか」
「知らねーとこでくたばられてたら、捜索料がかかるだろ」
「相変わらずだな、とおるはっ!」
 父と子でぎゃんぎゃん言い合っていると、すくっと立ち上がったしげみが、ぼそっと呟く。
「飯」
「「はいっ」」
 親子で元気よくお返事。
 しげみさーん、のっそり言われると怖いですぅ。
「食いたかったら、10秒で来い」
「しげみも変わらなくて、何より」
 えへ、と冷や汗を流しながら、雅が呟いた。

「今、何やってんだ?」
 夕食後、居間のソファでくつろぐ。とはいえ、ソファなんぞ無視して床の上に直に座り込む。牛革張りの立派なソファは、背もたれになってしまっている。
「この間、インカに行ってたろ? その前はエジプトで、更にその前は……」
「聞きたいか、息子達」
 にまっ、と自慢げな笑み。
「聞いてもしょうがないけど、言いたそうだから聞いてやる」
「かわいくないっ」
「伯父さん、拗ねないで」
「中年のひねくれは、見苦しいだけだぞ」
「とおるー!」
「マジでどこに行ってるの? 何かあったとき、連絡付かないと困るよ?」
 やれやれ、としげみが呆れながらも言うのに対し、雅はとっとと復活して「はっぴょーう!」とかほざいてる。
「なんと、奈良にいるのだ!」
 ぱんぱかぱーん! と、両手を広げて日の丸を背負う。
 変な奴。
 花を背負われるより、ましだが。

 ……こいつの血を引いてんのか、俺は。

「……あ? なんでそんな近いとこに居んの?」
「アスカ帝国について調べてるから!」
「あすか? あすかって、奈良の飛鳥?」
「あれって、謎なの? つか、帝国???」
「おもしろい研究が発表されてね。ちょっと畑違いなとこもあるんだけど、おもしろそーだから研究グループに参加させてもらってまーす!」

 雅は考古学者である。有名なエジプトのピラミッドやインカ遺跡、アンコールワットなど、誰でも知ってそうな遺跡の発掘調査に参加したり、自分で気になると、有名無名に拘わらず、調査の為に平気でひょいひょい出かけてしまう。だから、例えば「ピラミッド研究の第一人者」なんて肩書きは持たないけれど、その知識量の多さで、そちらの方面ではそれなりに有名らしい。
 うちに居る限りじゃ、ただのぐーたら親父なんだけどね。
 しかしその為に、家にいるのは1年の半分以下だ。それ以外はほとんど海外暮らしなので、こうして3人が揃うのは、非常に珍しい。
 片親が居ないどころか、唯一の保護者まで出歩いてる割には、俺としげみ、まっすぐ育ったよなあ。
 うーん、我ながらあっぱれ。
 しげみなんか、成績は必ず10位以内に入ってるし。親はなくとも何とやら、とはよく言ったもんだ。

「そんな近くにいたなら、電話の一本もくれればいいのに」
 呆れた調子のしげみに、雅は、
「日本に着いたのが今朝の7時で、そのあと奈良で昼飯食って、こっちにもどってきたんだもーん」
「それで、八つ橋……」
 親父の土産の中にあった物の一つだ。大方、戻る新幹線の中で購入したのだろう。
「……それって、居たって言うのか? 立ち寄ったって言わねーか?」
 脱力した2人の前で、親父だけが元気だ。
「あ。明日も学校だよな? そろそろ寝るか」
 気が付けば、時刻は1日を終わろうとしている。
「伯父さんは?」
「俺は明日は、午後から顔出すよ。あ、御飯よろしくー」
「お弁当作っとくから。朝と昼分。起こされなくていいだろ?」
「ありがと、しげみ! 愛してるよー!」
「愛してくれなくて良いから、ちゃんと1人で起きてくれ」
 しげみにばっさりと切り捨てられて、よよよ、と泣く雅。
「お母さんだな、しげみ」
 呆れて俺が呟けば、
「こんな息子、いらない」
 更に無感情でしげみが返す。
 雅の泣き声が、号泣に変わった。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

「うおりゃあー!」
 ドカッ!
 小気味よい音が路地に響く。
「ちっ。このヤロー……」
 手近にあったパイプを手に取り、俺に迫る。
「死ねえ!」
 ガキッ!
 俺の頭に振り下ろされるはずのパイプは、寸での所で止められた。
 真っ赤な顔で、両手でぎりぎりとパイプを握りしめている奴とは裏腹に、俺は片手で難なく受け止めている。
「やだなあ、おにーさん。こんなお茶目しちゃって」
 俺はパイプを握る手に、軽く力を入れた。
 パキッと軽い音がして、直径5センチほどのパイプは簡単に潰れる。
「次は、何して遊ぼうか?」
 俺はにやりと笑って男を見た。
 隣町の奴らだろう。制服をだらしなく着込んだ学生が7人ほど、帰りがけにカツアゲしようとしたのだ。
 この俺を。身の程知らずか、情報に疎いのか。
「クソッタレーッ!」
 男が俺に突進してくる。俺はそいつを軽く避けてやるつもりだったのだが、なんと後ろからも迫っていた!
「ちっ……!」
 バキッ……!
 どこかの骨が折れる嫌な音がしたかと思うと、後ろから来た男が崩れ落ちる。前から来た奴は、もちろん、俺がのしたんだけど。 
「いつまでジャレてるつもりだ、とおる」
「何だ、しげみか」
「何だじゃない。買い物してくんだ。付き合え」
 食い扶持が増えたので、今までの買い置きでは賄いきれないらしい。
「き……さまら……逃げる気かっ!」
「逃げる?」
 しげみは冷たい瞳を男に投げつける。
「何なら、リクエストに応じて肋の2、3本、折ってやってもかまわんが、家に帰るのに大変だろう?」
「なっ……!」
 激怒する男に、しげみは少しの乱れもなく言い放つ。
「『竜兄弟』に仕掛けて、その程度で済むなら安かろう?」
 その一言で、男は怯え始めた。
「あ、あんたらが……!」
「行くぞ、とおる」
 スタスタ歩き出すしげみのあとを、俺は肩を竦めてついて行った。
 後には、怯える男と、痛みに這い蹲った6人の生ゴミが転がっていた。



「なんて日だ……」
 しげみが呟く。
 目の前には、黒眼鏡・黒服の映画によく出てきそうなおにーさん達、数名。
 俺の後ろ。金髪碧眼の、卓也くらいの男の子。
「じゃぱにーずまひあ?」
「違うね。顔立ちがアングロサクソン系だ」
 商店街からの帰り道、少し暗くなりかけた人通りの少ない道で、俺としげみ、黒服達と睨み合う、の図。
「絵にならん。相手はやっぱり、美人でなくちゃ」
 俺が文句を言うと、黒服のリーダー格が言葉を発した。
『その子を渡してもらおう』
「―――っ! べらんめえっ!」
 しげみが返すより早く、俺が言う。
「日本に来たら、日本語使え!」
「……とおる、論点が違う」
 だって、分からないんだもん。
 言ってることのニュアンスは、なんとなーく伺えるけど。
 ぶつくさ文句を垂れる俺を見捨てて、しげみが一歩前に出た。
『助けを求めてきたのは、この子の方からだ。この場合、悪者はあんた達の方としか言いようがないんだが』
「ええごーっ」
「やかましい」
「しげみの意地悪ーっ」
「飯抜き」
「ごめんなさいーっ!」
 それだけは勘弁! と縋る俺に、しげみが知らんぷりをする。状況を無視してじゃれ始めた俺達に、男が呆れて声をかけた。
『いい加減に……!』
『だめ!』
 少年が叫んだ瞬間、俺としげみはその子を抱えて黒服の男達の頭上を飛び越していた。
『何っ!』
『うわっ!』
 ぴし! ぴしっ!
 着地して振り向きざま、石礫を男達に向かってはじき出す。
 彼らが握っていた拳銃が、むなしくアスファルトに落ちた。
「物騒なもん、持ち込んでやがんなあ」
「ヤクザ屋さんとは、ちょっと雰囲気が違うみたいだな」
 少年を抱えたまま走り出した俺達を追って、男達も何事か喚きながら追い掛けてくる。
「っせーてんだよ。英語使うなっちゅーとんのが分からんかっ!」
 ドカッ!
 追いついた1人を、俺は思いきり蹴飛ばした。
『がっ……!』
 蹴飛ばされた男が、勢いよく飛んでいく。
 俺よりも、頭一つ分ほども背の高い、屈強そうな男が。
『な……っ!』
 男達が驚愕する。
 一見、どこにでもいそうな普通の高校生が、鍛え抜かれた成人男性を軽々と蹴り飛ばした。
 10メートルも。
「この程度で驚かれても困るんだけど」
『何者だ、貴様!』
「だから、英語は分かんねーってのが、分からんか!」
「とおる、ここはひとまず帰ろう」
 1人冷静に、しげみが言う。
「なんで?」
「魚が傷む」
「…………………………」
 この状況で、アナタの最重要事項は、ソチラですか。
 いや、俺もどちらかというと、今晩の夕飯の方が大切かも。
『坊や、彼に掴まってな』
 しげみが少年に話し掛ける。その途端、俺達と黒服達の周りに、不可解な風が吹き始めた。
『え……?』
『何だ、これは……?』
 風は俺達の周りを取り囲むように舞い、辺りの木々の葉が風に誘われて、共に舞始める。
『うわっ!』
 風の勢いが強くなり、男達は目を伏せる。
『何が……一体……!』
 しばらくして、ようやく風が収まったのを見計らって目を開けると、彼らの前には夕暮れに染まる町並みだけが佇んでいた。



「今夜の献立には、金髪ぼーやも入ってるのかい?」
 雅はしげみの買い物袋と少年を見て、首を傾げた。
「俺はどっちかっつーと、ぴっちぴちの女の子の方が好みなんだけどなー」
「聖職者にあるまじき台詞だよ」
 苦笑しながら玄関を閉めるしげみに、「うそだぴょーん」と笑いながら少年に手を差し出す。
『いらっしゃい、少年。オレンジジュースは好きかな?』
 ダイニングへ誘いながら、柔らかく声をかける。
 そうしたことで、緊張していた少年の肩から力が抜けていくのが分かった。
『そこへお座り。日本語は分かるかな?』
「少し……なら」
「お、やっと俺とも会話出来るじゃん!」
 俺は嬉しくなって、ガタガタと少年の横に椅子を運んで座り込む。
 少年も警戒を解いたのか、俺と目が合うとにこっと笑った。
 しげみがジュースの入ったグラスを差し出しながら、自己紹介をする。
「よし。オレの名前は、シゲミ。こいつはトオル」
「で、俺の親父のマサル」
 こくこくと少年は頷く。
「僕の名前は、エーリック・イアラ。11歳。……分かる?」
 自分の日本語に懸念を感じたらしく、不安そうに問いかける。
「十分、十分。そこらの日本人より日本語らしい」
「よかった」
 ほっと胸をなで下ろす。
 すると雅が口を挟んだ。
「……イアラ?」
「なんだ、親父?」
「イアラって、あのイアラ・カンパニー?」
「あ」
 雅の言葉に、しげみも何か気付いたのか、声を上げる。
「知ってんの?」
「知ってるも何も……イアラ・カンパニーって言や、世界三大企業の一つ、金融業者の最高峰じゃねえか」
「そうなのか?」
 俺、全然知らん。
「お前、学校で何聞いてんだ。教科書にも載ってるだろ」
「へえ! すげーんだなっ!」
「へえ、って……」
 素直に感心すると、しげみががっくりと肩を落とした。
「あ、もしかして」
 俺はハタッと気付く。
「さっきの黒服野郎、エーリックの命を狙って……?」
「ううん」
 俺の推理はあっさりと否定される。
「あの人達、僕のボディガード」
「へっ?」
 俺としげみは顔を見合わせる。
「あ、そういえば今思うと、エーリックを傷つけようとはしてなかったような……」
「銃持ってたじゃんか、銃!」
 俺に向けたぞ、あいつら!
「威嚇だろう。本当に発砲してたら、ヤバいのはあいつらだ」
 銃刀法違反で国外退去は免れまい。
 それに身のこなしが上品だった、としげみが言う。
 ンなとこまで見とりゃせんわい。こいつ、喧嘩するとき何を見てんだろう。
「ボディガードから逃げ出したりして……一体、どうしたんだい?」
 雅が首をひねる。
「う……ん……」
 エーリックは渋って、顔を下へ向けてしまった。
「エーリック?」
「……僕……ある人を捜してるの」
「あ?」
「人捜しなら、多少俺も伝手があるけど」
 雅は世界各国を渡り歩いている為、学会はおろか、政界にまで顔が利く。
「誰を捜してるんだい?」
 エーリックは話そうか散々悩んだ挙げ句、とうとう顔を上げた。
「ハンター……」
「ハンター? 何?」
 俺はまだ悩んでいるエーリックに声をかける。
 ハンターといっても、色々あるが。
「プライズ・ハンター」
「賞金稼ぎ?」
 日本では知名度が低いが、アメリカ辺りならごろごろしてる。そう言うと、エーリックは普通のハンターでは無い、と言った。
「日本にいるって聞いたの。僕が求めるハンターが」
「何のハンターだい?」
 いつの間に作ったのか、ベーコンエッグの盛られた皿を人数分、テーブルに置きながらしげみが聞く。
「あ、そいや腹減った」
 早速皿に手を付けようとフォークを持つ。
「エーリック?」
「あ、あのね……リベンジのダーク・ドラゴン」

 カチャーン……。

 思わず手にしていたフォークをそのまま皿の上に落とす。
「へ……?」
 俺としげみ、硬直。
「僕ね、どうしても許せない人たちが居るの。でも、僕の力では何も出来なくて……」
 エーリックはしゅん、としてしまう。
 俺としげみは、硬直状態続行。
「たかだか11歳の子供が復讐、ねえ」
 雅がぼんやりと言う。すると不意に顔を上げた。
「エーリック、確か君のとこは兄弟が多くいたね。君は何番目?」
「6人兄弟だよ。僕は下から2番目」
「5男……もしかして、君が……?」
 目を見開く雅に、少年は苦笑で答えた。
「何だ、知ってるんだ。……そう、僕だよ」
「親父?」
 硬直状態からやっとこさ抜け出して、俺はいまいち把握出来ない会話に首を傾げる。
 すると、意外な答えが返ってきた。
「イアラ・カンパニーの秘蔵っ子、5男の息子殿は、IQ250という大天才で、ごく一部では有名だ」
「いっ!」
 俺としげみは、再び驚く。
「じゃあ、きちんとやろうじゃないか」
 雅は居住まいを正して、俺としげみを指さした。
「ハンター界でも特殊な、代理復讐屋・冥竜。
 それは、ここにいる私の息子と甥っ子のことだ」
 今度はエーリックが目を丸くした。

 プライズ・ハンター……いわゆる賞金稼ぎと呼ばれるものだが、これには様々な種類がある。
 その名の通り、金の為なら何でもする、というものや、財閥や企業に雇われ、企業スパイのような事をするもの、用心棒紛いのもの、探偵もどきや、便利屋、戦列に参加する傭兵もプライズ・ハンターの一種といえる。

 そして、代理復讐屋。

 『殺し』ではなく、相手にそれ相応の代償を、本人に代わって支払わせる。
 それは金であったり、地位であったり、人それぞれだ。
 もちろんその代価には、『命』も含まれる……。

「トールとシゲミが……!」
 大きな目をいっそう見開いて、エーリックは俺達を凝視する。
「なんでっ?」
「いや、何でと言われても」
 別に好きでやってる訳じゃない。
 俺達の特異な力を持て余したところ、雅が面白半分に仕掛けたのだ。
 今では立派な副業と化している。
「証拠は?」
 エーリックは驚きを隠せないままも、縋るような眼差しで俺達を見る。
「チャーリーを蹴り飛ばしただけでもすごかったけど……。
 あ、チャーリーはボディガードの1人で、彼らの中でもトップ・スリーに入るんだよ。僕なんか、バーベルよりも簡単に持ち上げちゃうの」
 あのガタイの良いにーちゃんか。ボディガードとは思わなかったもんなあ。悪いことをした。
「そうだね。証拠がないと、認めにくいだろうね。こんな17、8くらいのガキが、ハンターと聞いて納得する者は見たことがない」
 うんうんと頷く雅に、俺としげみも肩を竦める。
「オレ達の目印が何か、聞いてる?」
「うん。あの……」
「ストップ。言わなくていい。聞いてからやっても、証拠にならないから」
「まあ、偽物さんがやるには、ちょーっと準備が大変かもよ?」
 言いながらその場で2人、目を閉じる。

 静かに、ゆっくりと精神を高めていく。
 力を発現する直前の高揚感。
 そして、再び目を開けたとき………………

「Dragon’s Eye……」
 エーリックの小さな呟き。
 俺達の瞳は、金色の輝きを放っていた。

 カラー・コンタクトを入れた訳でも、何でもない。
 意識をはっきりさせ、精神を高めるとこうなる。
 どういう反応なのか、未だによく分かっていない。
 ただの金瞳だったら、特に驚きもしなかっただろう。日本人には珍しいかも知れないが、先祖帰りだとかで目の色が淡い奴もいるし、外国人なら多くはないが、居ないこともない。キャッツアイとか言われてる。

 しかし、瞳の色が変わるとすれば、別だ。

 特に、北欧の血を遠く引くしげみに至っては、その瞳は光の加減で時折蒼く見える。
 生粋の日本人である俺の黒い瞳と、しげみの黒蒼の瞳が、一瞬にして金色に変わる。
 これが、俺達「冥竜」の証である。

「も、いいか?」
 俺は惚けているエーリックに尋ねる。
「俺はこの色は似合わなくてよ」
 しげみのように彫りの深い奴なら似合うが、完全日本男児の俺じゃあね。
 しかし、意に反してエーリックはにっこり笑った。
「どうして? 黒い髪に映えて、とってもキレイなのに」
「……えーと」
 見つめられて、思わず顔が火照る。
 まいったな。他人にキレイなんて言われたことないから。
「どしたの? トール?」
 黙りこくってしまった俺に、エーリックはキョトンとする。
「はは。ありがと、エーリック。とおるはそんなこと言われたの初めてだから、照れてんだよ」
 しげみが笑いながら言う。
 一言多いぞ。
「じゃ、話は食事をしながらにしよう」
「そーしてくれ! もう、おなかぺこぺこだ!」
 雅が腹をさすりながらしげみに賛同する。
「エーリックもおなか空いたろ?」
 俺の問いかけに、少年は思い切りよく頷いた。  
「朝から食べて無くて」
「なにーっ!」
「かわいそうに。食べ盛りの少年が」
「分かった。すぐ作ってやっから、とりあえずそれ食ってな」
 くるりと背を向けると、しげみがてきぱきと行動し始める。
 俺達はしげみに言われたとおり、彼の作ったベーコンエッグを食べ始めた。
「これ、シゲミが作ったの?」
 雅がくれた2皿目を前にして、エーリックが問う。
「うちは母親がいないからね。家事一般はしげみがやってくれてる」
 俺はしげみの分をいただき、ベーコンにフォークを突き刺す。
「ママ、いないの?」
 少し寂しげに、少年は言った。
「俺は取り敢えず、親父と呼べるモノはいるけどな。……いてっ」
 取り敢えずとは何だ、と雅が俺の頭をこづいた。
「しげみは両方ともいないよ」
 俺達に背を向け、キッチンでカチャカチャとやっているしげみを見て、俺は呟いた。
「事故でな。俺のお袋と、しげみの両親揃ってあの世行き」

 確か、海上での事故だと聞いた。
 俺としげみは、家族以外の唯一の肉親である祖母と共に離れたところにいて、雅はエジプトで穴掘りしてた。
 しげみの方も、親戚と呼べるものは無いに等しく、しげみは当然のように雅に引き取られて、俺達は兄弟同然に育てられた。
 その祖母も、今はもう、いない。

「寂しく……ない?」
 エーリックがじっと俺を見つめる。
「親父がこういう職業上、家にいないのは当たり前だったし……」
 見れば、いつのまにか雅は居らず、居間からテレビの音が聞こえてきたところを見ると、そちらに移ったらしい。
「だけど……」
 俺は再び、しげみの背へと目を向ける。
「しげみがいたから……」
 エーリックは納得したように頷いた。
「僕もね、トール達と同じなんだよ」
「え?」
「僕も、兄さま達がいたから、こんなに元気になれたんだよ……」



 今から約5年前。
 大型豪華客船「アクエリアス」号は、様々な地位と名誉を持つ者達を乗せて、大海を漂っていた。
 パーティを催される大会場では、華やかなドレスや高価な宝石に身を包んだ貴婦人達が頬笑み、紳士然としている殿方達とグラスを交わしている。
 バックには、生のオーケストラが音楽を奏で、この船に乗船している者達の権威を知らしめているようだった。
 チン、とグラスの音が弾け、果物や飲み物で飾り立てられたテーブルが、邪魔にならないように配置されている。
 その和やかなアクエリアス号から離れた10数キロほど先。
 客船の航路上に、一つの船影が不意に現われた。
 その船はゆっくりとその身を動かし、船体上部に据えてある主砲を、客船へと向けた。
 客船の中では、何も知らぬ乗客達が笑い合う。
 次の瞬間、人々は自分の身に何が起こったのか、最後まで理解出来なかっただろう。
 主砲は光の束を吐き出し、その光は客船を包み込んだ。
 そして。
 大型豪華客船「アクエリアス」号は、20数年の長きに渡る航海を、望まない終わり方で終了したのである。



「そういやあの事件は、すごかったよな」
 俺はサラダフォークで野菜とドレッシングを混ぜ合わせながら頷いた。
「世界情勢に疎いとおるも、流石にうるさがってたもんな」
 悪かったな、疎くて。俺はしげみを睨みながら、混ぜ合わせたサラダをエーリックの皿に載せてやった。
 白身魚の煮物予定をムニエルに変更。エーリックの為に、フォークで食べられる洋食にしたらしい。
「ありがと、トール。シゲミ、料理すっごくおいしい!」
「サンキュー。何せ10年以上も主夫やってるからな」
「あの頃は確かに凄かったな。そうそう、『客船連続爆破事件』とかタイトルまでついちまって。何隻も沈んだっけか」
 雅がムニエルを口に運びながら言う。
「あん時ゃ小さい港も封鎖されてなあ。1年近く向こうに閉じ込められてた」
「帰ってきて第一声が、『味噌汁!』だもんなあ」
 俺は呆れながら雅を見る。
 何だ。今とあんまり変わらないじゃねえか。
「犯人は、確か確認が取れないんで、『Vaguer』と報道に名付けられた、海賊気取りの虚け者で……まだ捕まってなかったか?」
 しげみがマッシュ・ポテトを小皿にとって、エーリックに渡しながら言う。
「ああ。3年間で12……いや、13隻だったかな。攻撃されたのは」
 俺は3杯目に突入したどんぶり片手に、ふうんと頷いた。洋食とはいえ、普通の皿では間に合わないのだ。
「よく入るなあ、お前」
 雅がしげしげと息子を見る。
「運動量がおっさんと違うから、消費エネルギーが馬鹿になんねーんだよ」
「そのエネルギーを、少しは頭にも回したらどーなんだ?」
「ほっとけっ」
 うーむ。墓穴を掘ってしまった。
「で、その事件がどうしたわけ?」
 騒がれてしばらく後、海賊は忽然と消えてしまった。
 手がかりも掴めないまま、残されたのは遺族の悲しみと、警察関係者の無念の思い。
 しげみの問いかけに、エーリックが答える。
「その中の一つに、『アクエリアス』号っていうのがあって……」
「あ、知ってる。お偉いさんがたくさん乗ってたっていう――――――!」
 全員が、エーリックに集中する。
「まさか……エーリック……」
「うん」
 エーリックは静かに頷いた。
 なんてこった。
 イアラ・カンパニーと聞いて、何で今まで気付かなかったのだろう。

 エーリックは雅の言ったとおり、世界三大企業の一つ、イアラ・カンパニー会長ジェームス・イアラの孫である。
 会長であるジェームスは、代々続いてきたカンパニーを世界へと押し上げ、その手は世界中へと広がっていった。
 しかし、それに貢献したのは誰でもない、エーリックの父、エドワードの手腕が大きく影響しているといえる。
 鋭い猛禽類を思わせるようなジェームスとは違い、エドワードは穏やかな性格でありながら、状況を見定める力に長けており、絶対者として君臨していたジェームスに異を唱えることの出来る唯一の人物だった。
 ジェームスもそんな息子を誇らしく思い、熾烈な企業競争の中にあって、珍しく家族仲の良い一族として知られていた。
 エドワードの妻キャサリンも家族思いで、そんな2人を陰から見守り、支え続けた。
 そんな家族の中に誕生したエーリックという希代の天才少年は、だからといって特別に扱われることもなく、他の兄弟同様に育てられた。

 理想的な、幸せな家族。
 しかし破局が訪れた。

 有力者達による海上パーティにおいて、エーリックの両親共々、海賊の餌食になったのである。
 家に残っていた6人の兄弟と祖父は途方に暮れた。
 カンパニー自体は、すでに長男がある程度引き継いでいた為に大きな変動はなかったものの、心の拠り所である一家の中心人物を一瞬にして失ってしまったのである。
 その時、エーリックはどんなに自分の能力を恨んだだろうか。
 上の兄弟達はともかく、彼がごく普通の子供であったなら、両親の死を泣き叫ぶことで受け入れることが出来たかも知れない。
 だがそれは、出来すぎた頭脳が邪魔をした。
 だから同時に、その頭脳に感謝した。
 エーリックは両親を殺した相手を、自らの手で見つけ出すことが可能なのだと気付いたのだ。
 そして、少年は『復讐屋』を探し始めた。

「エーリック……」
 静まりかえった俺達に、エーリックは静かに笑い返す。
「もう、大丈夫。ちょっと寂しいけどね、兄さま達が居てくれたから」
 俺と目が合うと、エーリックはにこっと笑った。
 1番下の子は当時2歳だという。エーリックは6歳だ。
 だが、少年の頭脳は、子供ではない。
 上の兄弟達は必死になって小さな弟を慰めたのだろう。
 エーリックの柔らかな微笑みを見ていると、兄弟達の彼への想いが伝わってくるような気がする。
「……もしかして、黙って日本にきたのか?」
 その大事な兄弟を置いて。
 でなければ、ボディガードから逃げる理由が分らない。
「あ、う、その」
 慌て始める。
「えーりぃ?」
 じとー、と俺が言うと、少年は不意に吹き出した。
「ジョイス兄さまと同じ言い方」
「う?」
 ころころと笑いながら、エーリックは続ける。
「ジョイス兄さまも、僕を叱る時、僕をそう呼ぶの」
「長男だな」
 雅がビールを飲みながら言う。
「……初めは怒られたんだ。犯人探しは警察がやってくれるから、僕は何もするなって。
 だけど、どうしてもじっとしていられなくて……。
 でもどうやっても分らなかった。カンパニーの情報機関を使っても、影すら見つけだせなかった。
 そんな時、聞いたんだ。
 どんなことでも果たしてくれる、代理屋のことを」

 それからそのハンターのことを調べ始めた。
 海賊とは違い、各地で活動しているハンターのことについては、あちこちから情報を集めることが出来た。
 それでも、正体を暴くことまでは出来なかったけど。
 ここまでくるのに、5年もかかった。

「日本人らしき人物がエージェントだ、というのは分かったんだ。それで取り敢えず、日本に行けばもっと情報が集められるかも、って」

『どうしても行くのかい』
 ジョイスの言葉が蘇る。
『エーリィ。いかに君のおつむが優秀でも、君はまだ11になったばかりの子供だと言うことを忘れてはいけない。
 僕の大切な弟くん。愛する君に、僕からの贈り物がある。受け取ってくれるというなら、取り敢えず、日本行きは許してあげよう』
 そうして贈られたのは、屈強な7人のボディガードだった。
『白雪姫と7人のこびと、もとい、7人の勇者! いや、いっそのことパーティ組ませるか』
 カラカラと笑いながらボディガードを引き合わせた長男は、最近、末の弟と一緒にはまりだしたコンピュータ・ゲームを例えて言った。
 この妙なユニークさは、亡き母にそっくりである。
 経営手腕は父以上だというのに、性格がどこか人とずれている。
 いや、これもまた、愛すべき兄の一部なのだが。
 贈られたボディガードの方はといえば、その優秀さはグリーン・ベレーと匹敵すると言われるだけはあった。
 どこに行くにもついてくる。
 ガタイのいいのが、最低でも3人、小さな少年を囲むようにして張り付いている。
 これでは、悪目立ちしすぎる。
 もしハンターに拘わる人物がこれを見たら、まず確実に近寄らないように警戒するだろう。それでは意味がない。

「それで逃げ出しにかかった訳か……」
 偶然にも、そこに俺としげみが出食わした。
 エージェントをすっ飛ばして、当人そのものが。
「偶然か、神のお導きか、悪魔の罠か」
「世の中広いようで狭いねえ」
 俺と雅が微妙に引きつった笑いを浮かべる中、しげみも苦笑しながら言った。
「エーリック、あとでその7人の勇者達に連絡入れておくんだぞ? 大切なご主人様を見失って、パニックになってるだろうから」
「うん」
 えへへ、と笑いながら頷く。
「じゃあね、僕のお願いも聞いてくれる?」
 すう、と眼差しが真剣味を帯びる。
 俺としげみも、笑みを引いてエーリックに向き直る。
「どうして欲しい?」
「復讐を」
 幼い子供の顔に宿る、冷たい怒りの炎。
「僕の両親だけでなく、何百人もの命を奪ったその代償を、奴らの命そのもので。
 かかる経費に、上限はない」
俺の中の、もう1人の俺がニヤリと嗤う。
「それでこそ、未来のイアラ財閥会長……」


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